Text and Photos:西村 愛
自然・伝統・美食に心癒される石見旅
次のお休みは”石見休暇”を取って、都会の喧騒から離れ、疲れた心と身体を優しく癒してくれる石見国の旅へ出かけませんか。
自然から恵みを感じる2日目。三瓶山西の原、また活火山・三瓶を感じる三瓶小豆原埋没林を見たら、日本有数の泉質を持つ温泉津温泉エリアへ。昼間はカフェや焼き物を見て楽しみ、夜は大好きな石見神楽鑑賞へ。
2日目は午前中に石見銀山を出発し、ドライブスポットとして有名な三瓶山を目指します。
約1300年前に書かれた「出雲国風土記」にも登場する山、三瓶山。古代の人々も見ていたこの山を私たちも今こうして美しい姿のままに眺めることが出来ます。地元では家族でのドライブや小学校のキャンプなどで必ずと言っていいほどに訪れる、みんなに親しまれる山。
三瓶山のふもとに広がる「西の原」は、青い風吹く圧巻の大草原です。
この三瓶山には古代歴史書を超える壮大な歴史があります。
さかのぼること数千年。
ここには50メートルもの高さを持つ樹木が生い茂る森林がありました。この森は、4000年前に起きた大規模噴火により降り積もった大量の火山灰と流れ出た火砕流の中に埋もれてしまい、私たちの足元にひろがる地中奥深くに眠った状態になったのです。
1983年、圃場整備工事中に地中に立ったままの巨木が発見されました。その木々は奇跡的に当時の地面の高さ(今では地中の奥深く)に根を張ったままに密閉された状態で見つかったのでした。これは、一瞬のうちに灰と土砂に埋もれてしまった証であり、その噴火の威力の凄まじさを物語るものです。
その様子を見ることが出来るのが「三瓶小豆原埋没林」です。
三瓶小豆原埋没林公園へ到着すると、無機質で小さな建物があるようにしか思えません。
ところがです。
入口から下っていくと、地下世界に遥か以前の時代の森が現れます。ふわっと涼しい風を頬に感じながら一歩ずつ階段を下りていく私のその眼前に、神秘的な巨木が姿を現しました。今もまるで生きているかのような複雑な木肌と、経年変化し黒々と光り輝く質感。ここには深い深い森があったのです。研究の結果、この森には様々な種類の木と多くの昆虫がいたことが判明しました。
ここに現れたこの木々は、島根県の単なる一つの山の風景なのではなく、太古の地球の姿なのです。
50メートル級の木々はビルにして10階分、また根回り10メートルほどもある巨樹の森があったと推定され、木々の間隔は狭く鬱蒼としていたと考えられています。巨木を支えていた根は倒れてからもなお、私たちに何かを語りかけるように圧倒的な力強さと生命力を宿しています。
これらを見て私たちは何を想うのか。問いかけられているような気がしました。
歴史と文化がある温泉町「温泉津温泉」へとやってきました。
日本でも指折りの効能を持つという温泉津の湯を使った料理が食べられるというカフェ「震湯カフェ内蔵丞」。ここでストレスフルな心身をリセット。体の中からも健康になれるランチをいただきます。
温泉水を使った野菜蒸しと温泉卵、そしてやさしいお出汁の汁かけごはん「奉行飯」のセット。
野菜の味がしっかりしていて芯までほくほく蒸されています。藻塩で食べるとこれまたいい。
奉行飯は代々温泉津港の奉行であった内藤家に伝わる料理。全国でここだけでしか食べることが出来ないオンリーワンメニューです。
このカフェでは石見の新名物が飲めるのも嬉しい。こちらは温泉津温泉と同じ市内にある薔薇園「奥出雲薔薇園」の食用バラ「さ姫」から作られたバラジュース。
芳醇な香りにアロマ効果、アンチエイジング効果もあると言われ、また贅沢な気持ちになれるドリンクです。
世界遺産の一部でもあり歴史的な町並み景観も楽しめる温泉津温泉。
全国的に見れば小さな温泉町ですが、自然から温泉という大きな恵みを受けていることを真摯に受け止め、それに応える町づくりをする人たちに、優しく迎えられる場所でした。
カフェでお腹を満たした後は、温泉津温泉にある外湯・薬師湯へ。
万病に効くとも言われる豊かな薬効を持つ泉質の温泉は日本温泉協会が満点をつけるほどの高評価で、日本屈指の名湯と言っても過言ではありません。
湯船から湧き出すように付くのは湯の花。まるで溶岩のようにびっしりと付着するこの湯の花が、泉質の濃さを物語っています。この圧倒的な姿に魅了され、全国からやってくる人も少なくありません。
加温、加水、ろ過一切なしの源泉脇で、鮮度が抜群の為、炭酸成分がそのまま残っており、その分思わず「アツツッ。」と言葉に出ますが、まろやかなお湯で慣れれば気持ちいいです。
この風情と自然からいただいた湧き湯をしっかりと堪能しました。
夜の温泉町は昼とはまた違った温かな色に包まれて、趣ある雰囲気を醸し出します。温泉津温泉に限らず石見地方では、夜の神社へ出かけて石見神楽を観る機会も多いので、ぜひ町の夜の顔も楽しみたいところ。
洋館にともる灯りがひと際美しく、歴史ある温泉町の情緒が感じられました。
温泉津温泉の温泉町を抜けて5分ほど車を走らせると、目を引く大きな登り窯があります。
一度に大量の器を焼くための窯で、その歴史は古墳時代に伝来した大窯にまで遡ります。ガス釜や電気窯などが隆盛の現在では登り窯に火が入るのは年に2回となり、3つの窯元が合同で火入れを行っています。
森山窯。
地元だけでなく首都圏でも人気が高い窯なのです。
深く艶やかな緑や青の器は、ご夫婦2人で営まれる小さな窯元から生み出されるものでした。
「もともとうちは ”はんど” を焼いていた。」
はんどは石見地方の特産品であり、耐久性と耐水性を備えていたことから当時とても重宝されていた水がめです。
温泉津の海は石見銀山の銀で栄えた大きな港町であり、寄港する大型船や北前船に乗せられた沢山のはんどは、日本海から各地へと運ばれました。
特に石見の土で作るはんどは評判が良く、今でも日本中で見つけることが出来ます。当時の石見の賑わいに思いを馳せつつ、感慨深く聞き入りました。
釉薬には温泉津石と土灰を混ぜたオリジナルのものを作り、土も地元のものを中心に各地の土をブレンドし、足踏みしながら調合していきます。
日々の土の状態違いや気象とうまく付き合いながら、目指すのは自然に近い作品。土づくりや器作りは色や触感、造作に至るまで、土の持つ声に耳を傾ける作業です。しかしそこには”意図”も存在していて、出来上がった器は生活の中にしっくりと馴染みます。
奥様も手伝いながらのご夫婦での仕事。
お二人は自然と人間の境界線で、モノづくりをしていらっしゃるのかもしれません。
でも実は二人と一匹。ご夫妻に可愛がられているマイペースなナナちゃんが、名アシストとして貫禄の存在感でした。
お二人の焼き物人生の旅はこれからもここ、温泉津で続いていきます。
そして私の旅もまだまだ続きます。
温泉津温泉の共同湯「元湯泉薬湯」や「薬師湯」からも近い旅館、輝雲荘です。実は私は家族で泊まりに来たこともあって、なじみのあるお宿なのです。
宿の中は靴を脱いであがるスタイル。畳の廊下やお部屋を歩くのはとても気持ちが良くリラックスできます。
また箱庭もきれいに整備されていて、明るい陽射しが差す窓の外に美しく見ることができます。
さらに奥へ向かうと庭を挟んで離れのお部屋もあり、風情が感じられます。
こちらのお店の名物料理は「れんこ鯛の塩焼き」。威勢よく飛び跳ねたような姿の鯛を見ると、石見神楽の「恵比須」の演目を思い出しました。
銘泉「薬師湯」から引かれるお湯に浸かった後はお部屋でゆっくりと過ごす贅沢な時間。
純和風の作りでゆっくりと温泉津の夜を過ごせます。普段よりも一層深い本音話を聞きながら、日常では味わえないような寛ぎのひと時を過ごすことができました。
ここ数年で一気に観る機会が増えた石見神楽。はっきり言いまして「大好き」です。
純粋に物語が面白いですし、それぞれの社中(石見神楽を舞うグループ団体)の演出のオリジナリティや盛り上がる囃子、舞手のカッコ良さ。
石見神楽を観られるとなると楽しみでしょうがない。そんな私です。
この日やってきたのは温泉津温泉町の中にある龍御前神社。
ここでは「温泉津舞子連中」の皆様の神楽を観ることが出来ました。
石見神楽って何と表現すればいいのだろう。
観るのか聴くのか、そしてそこには神事としての祈りがあり、石見の人々の営みがあり日常であり…。
継続力、意思疎通、呼吸を合わせたチーム力も必要、体力や音感も。この凝縮感ってなんなのでしょう。
石見神楽にまい進するそのモチベーションは、何よりも演じている人たちが神楽を好きすぎるということ。
意識とは違うところで、空気を吸うようかのように神楽を受け入れてきた人たちだからこそ、誰にも強制されず心から石見神楽をすることを楽しんでいるのです。
子供の頃、同じ島根県でも私の環境には神楽は無く、知ったのは大人になってから。でもやっぱりあの高揚感はたまらなく好きなのです。
美しい衣裳や役柄を表すお面。指先まで美しい所作や舞。
そして時には穏やかに、突如として激しくなる囃子にトランス状態。おはやしを刻む八調子に思わず体が動きます。
そしてご覧ください、この年齢差。これを受け入れるポテンシャルを持っているのが石見神楽なのです。
そして観る人誰をも受け入れてくれる。それも石見神楽。
「分かりやすさ」はそのポイント。最初に観る人でも理解できるストーリーは、年齢性別問わず楽しめる神楽劇場なんです。何度か観ることが出来たなら「推し社中」を作るのも楽しむポイント。色んな社中を見ていても、まだまだ新しい演出を仕掛けてくる社中多数。「そう来たか!」と愉快な気持ちにさせてくれます。
演じた後はこうして記念撮影(笑)
人気の演目「大蛇」に登場するオロチの蛇胴の素材はなんと和紙。
軽くて持ち運びが楽で、ダイナミックな動きにもつながる。石見が生み出した進化の形です。
現在石見地域で130ほどもあるという神楽社中。これらひとつひとつが競い合い、演じ合って、人の心にまた新しい神楽の火を灯す。
私の中でも神楽熱が燃え盛っているところ。色んな演目、色んな社中とのこれからの出会いを楽しみにしています。